【保存版】信州狂人式「善光寺参り」②善光寺交差点~山門

  山門の額「善光寺」。3文字の中に5羽の鳩が隠れているという…

今回は善光寺交差点からのスタート。交差点からは仁王門が見える。小学生の時、水彩画の写生大会が何度か善光寺境内で行われたが、ある時自分は仁王像の足一本をクローズアップして描いたことがある。多くの学生は仁王像や建物の全体を描いていたので、その時に自分が変な癖のある人間だと自覚した。

   再游善光寺
 曾従先師游此地 回首悠悠二十年 門前流水屋後嶺 風光猶似昔日妍  良寛

牛に引かれて善光寺参り。そんな牛さんも、今はメンチや肉巻きにされてしまった・・・。 これは信心なく欲深い老婆の呪いか!?😲・・・

地獄界の地蔵菩薩。確かにこのお地蔵さんだけが片足を出していますね…

長い肩書きの後に「呉興閔鶚元」とある。呉興は浙江省湖州市の古称なので、この扁額は湖州出身の閔鶚元による揮毫だということが分かる。閔鶚元については百度百科から引用。気になったのは額に記されているまさにその年(1790)、閔さんは管理不行き届きの罪で罷免、自身は高齢を理由に引退を願い出たという点だ。人生いつ何が起きるかわ分かりませんね…

闵鹗元(?-1797年),字少仪,号峙庭。浙江省湖州府归安县 (今浙江省湖州市)织里镇晟舍人。清代名宦,历官布政使、巡抚。―中略― 乾隆五十五年(1790)以失察罪被革职,请求告老,次年致仕奉旨回原籍。嘉庆二年(1797)逝世。

山門の二階から表参道を南方向に眺める。今回はここまで…

【保存版】信州狂人式「善光寺参り」①JR長野駅~善光寺交差点


今は滋賀県高島市に住んでいるが、「信州狂人」と名乗っているように故郷は長野県長野市である。帰省時には空いた時間に善光寺まで散歩することが決まりとなっている。家から善光寺までは約1.7㎞、のんびり歩いて30分程だ。途中、そば屋さんに寄って酒を飲むのが楽しみである(結果、そば屋さんの画像が多い)。今回は善光寺の表参道(JR長野駅~善光寺の約1.8㎞)と境内の様子を紹介する。最近はコロナ禍で参拝を遠慮している方、或いは病気やケガ等の理由で参拝ができない方に、この記事を通じて善光寺参りの雰囲気を少しでも感じていただけたらと思う。なお画像は主に2019年7月撮影である。先ずはWikipediaから寺の紹介を引用する。

善光寺(ぜんこうじ)は、長野県長野市元善町にある無宗派の単立仏教寺院。住職は「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名が務める。本尊は日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来で、絶対秘仏である(開帳は前立本尊で行う)。 善光寺聖の勧進や出開帳などによって、江戸時代末には「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになった。今日では御開帳が行われる丑年と未年に、より多くの参拝者が訪れる。