1ヵ月間の中国西部(9)吐魯番 ❻


【7日目】トルファンの4日目、滞在最終日。この日は特に計画を立てず、ゆったり過ごすことにした。外出はしたが、ホテル周辺をのんびり歩き、途中で昼食をとってからホテルに戻るというだけ。ただここを離れる前に、焼きたてナンを買って食べたいという希望はあった。

午後1時過ぎホテルを出発、「車師中路」を南下して「老城西路」に出ると西に向かって歩く。先日の交河故城の帰りに車でこの路を通った時、運転手さんから市街地内では古いエリアと聞き少し興味を持ったのだ。しばらく歩くと「姿態理髪店」があった。カット料金は25元という。時間に余裕があるので散髪してもらうことにした。スタイルお任せで頼んだ結果、見事な「トルファン・カット」が完成。自分が「パイナップルおやじ」にも見える。今回お店の人に頼んで、人生初となる「自身の散髪中の様子」をスマホで撮ってもらった。珍しさからか、毎回これを見ると何か特殊な面白みを感じることができる。今では自分にとって貴重な一枚の写真である。

散髪後、老城西路の散策を続ける。途中、商業施設「大華商場」を見学。屋内は天井が高く比較的涼しいので、人々は食事や買い物などをして快適に過ごしているようだった。
店を出ると、おなじみの新華書店があった。ウイグル文字が並記されていると、やはり雰囲気が違って感じられる。

その後も歩き続けていると、軽食屋さんの前でサムサ(烤包子)を販売しているのが見えた。これは羊肉餡を小麦粉の生地で包み窯焼きにした食べ物。焼く前の生サムサも板の上にズラッと並んでいる。焼きたてはきっとおいしいはずだ。ただこの後しばらくしてから昼食をとるつもりだったので、2個だけ購入して店の前のイスに座って食べた。最初の印象はただ「熱い!」ということ。口がヤケドしそうなほど熱く味もよく分からない。2個目も熱かったが味わって食べた。薄味で素朴という印象だ。焼きたては寒い時期に食べれば一番おいしく感じるのだろうが、この時の気温は40℃越えの暑さ。ちょっと食べる時期や場所を間違えたようだ・・・。再度歩きはじめると、店頭にナンを山積みにしているおなじみの風景が目に入る。

やがて「高昌中路」との交差点に至る。この北西角には市内で一番古いデパート「吐魯番百貨大楼」がある。前日の運転手さん、そして彼のお父さんも以前ここで働いていたという歴史ある老舗だ。気になったので中を覗いてみた。すると装飾も陳列方法もあまり洗練されておらず、店員もリクライニングチェアに寝そべりスマホを見ながらくつろいでいる。さらに驚いたのは、マネキンにズボンをはかせず下半身丸出しで陳列していることだ。準備中かどうかは知らないが、それは客のいない時間帯か、見えない場所で作業するべきではないのか。それとも上のジャケットだけを販売したいのかも知れない。確かにズボンをはかせる作業時間が節約できて合理的とも言える。ただ景観的にはNGである。日本の「大丸松坂屋百貨店」とは雲泥の差だ。まぁこれが文化・習慣の違いということなのだろう。

「香疆園大酒店」で昼食  吐魯番百貨店を出て、老城東路を更に東に進み、柏孜克里克路で左折し北上。しばらくすると香疆園がある。ここは事前に調べていたわけでなく、店の様子や料理の写真を見て決めた。時間は午後2時過ぎだったので、客は私一人。店内は比較的清潔で雰囲気もよい。注文したのは新疆に来てから時折り食べているラグマン(拌麺、汁なし混ぜ麺)と羊肉串焼き3本(内1本は肝焼き)。室内環境がいいので落ち着いてゆっくり食事できた。

ホテル近くのナンのお店に寄った。焼きたてのナンはなかった。聞くと夜8時以降に焼き始めるというので、その時間にまた来ることにしてホテルへ戻った。

夜8時半頃に訪れると、聞いたとおりナンを焼いている最中であった。ナンを窯で焼く作業を実際に見るのは初めてなので少し興奮し、写真をパチパチ撮影した。そして念願の「焼きたてナン」を購入しホテルへ戻った。

トルファンの最終日はこのようにして終わった。天候に恵まれ、観光や食事も十分楽しむことができた。さあ翌日は青海省・西寧。また違った体験ができることであろう。

1ヵ月間の中国西部(7)吐魯番 ❹


【6日目】トルファン3日目の続き。今回は先ず、アスターナ古墓群から高昌故城、高昌古城から昼食場所へ行くまでの車内から見えた風景、次に昼食をとった食堂の様子、最後にベゼクリク千仏洞とその周囲の様子を紹介する。


アスターナ古墓群~高昌故城  運転手さんの話によると、私が宿泊しているホテルがある市街地は近年新たに開発された場所で、それ以前はアスターナ古墓群や高昌古城周辺の集落に多くの人々が生活していたという。運転手さんの実家もこの地域にあり、現在も親戚が暮らしているとのこと。車内から見た限りでは高いビルはなく、通気の良さそうなレンガ屋根の独特な建物が多く確認できた。路上でナンや瓜を販売する様子を見ると、時間の流れがゆったりとしているようなイイ雰囲気を感じる。


高昌古城~食堂「火焰山著名黄面烤肉」  基本的には上で紹介した集落の様子と変わりないが、途中に立派なイスラム建築物があったので見学した。入口建物の奥には広い墓地が広がり、礼拝所らしき平たい建物も見える。敷地内は樹木が少なく、墓や通路、建物も含め辺り一面が乾燥した土色であるのが印象的だ。 


「火焰山著名黄面烤肉」で昼食  高昌故城の見学後、ベゼクリク千仏洞へ行く前に昼食をとる。運転手さんに紹介された食堂は観光客だけでなく地元の人にも人気の店だという。見ると様々なご当地料理が並んでいる。羊肉串を焼いている匂いが食欲をそそる。魚の串焼きも見えるが、元々この地域では魚は獲れず、また魚を食べる習慣もなかった。近年、他の地域から養殖魚が流入されるようになり、今では定番メニューになったとのことだ。
さて私が注文したのは看板メニューの「黄麺」「羊肉串焼き」「焼きナン」の三つ。特に黄麺は初めて食べた。平麺と細麺の両方が入っていて、少し酸味のある冷たいスープがかけられている。ツルッと喉越しが良く、暑いこの時期には最適の一品だ。羊肉串焼きも焼きナンもお世辞抜きにとてもおいしかった。


ベゼクリク千仏洞  概アスターナ古墓群や食堂からは車で北に約20分の距離。概要については、トルファン博物館で無料配布されていた千仏洞の紹介小冊子を複写・掲載する。それによると、場所は火炎山中腹にある木頭溝河岸の崖に築かれた。麴氏高昌国時代(498‐640)から13世紀末までは造営・管理されていた。14世紀以後、トルファンにイスラム教が伝播し、15世紀以後には廃棄された。20世紀初頭、ドイツ、日本、イギリス等の探検隊によって壁画や仏像、文書等が持ち去られた。現在、83の洞窟が現存、40ほどの洞窟に壁画が残っているという。

この日に公開されていたのは第16、17、22、27、31、33、39号の計7窟。それらを実際に見学すると、塑像は全くなく、壁画も完全なものは一つもなかった。つまり破壊の程度が非常に激しかったということだ。歴史的に支配者が次々と変わるような不安定な地域では、遺産の保護が困難なのは理解できる。またその一部分が世界各地の博物館に所蔵されているは分かっているが、現地ではとても虚しく残念な気がした・・・。

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ベゼクリク千仏洞の見学後、「火焔山」「交河故城」の順に見学を続ける。それらの記事は紙面の都合により次編で述べる。