10日間の吉林・長春・農安(5)最終回

旧関東軍司令部  ライトアップされた天守閣風の建物が闇のなかに強く浮き立っている


【九日目】南湖公園  月曜日で多くの博物館は休み、他に行きたいところもないので、この日は先ず公園をのんびり散歩することにした。地図で見ると市内の南湖公園には比較的大きな湖があるのでそこに決めた。地下鉄で公園最寄り駅まで移動、地上に出てしばらく歩くと大きな橋がある。そこから公園全体を眺めると人々が湖上を移動しているのが見えた。この季節、吉林市の公園もそうであったが湖水は全面的にカリッと凍結しているので、道を急ぐ人は迂回せずに湖上を直進できるので便利だ。
自分も湖面に降りてみた。最初は少し不安もあったがやがてそれも消え、湖の中心部に向かい進んでいった。スマホの地図を見ると現在地を示す点は青い湖の上にある。当然のことではあるが少し面白く感じた。園内の数か所に氷雪滑り台などの遊び場もあって、子供たちが楽しそうに遊んでいた。さて、冬の公園は充分に楽しんだ。お腹も空いたので遅めの昼食をとるため公園を出て市バスに乗り「真不同」へ向かう。


真不同で食事  ここに来るのは三回目だ。味も良く旨い酒もあり、店内は比較的清潔、落ち着いて食事できるいい店だ。まず酒は前回と同じ「純糧老焼酎52°」、磁器の碗で飲むと雰囲気も酒の味も変わるようでいい感じがする。ただこの日は旅疲れの影響かグビグビ飲めず一杯だけで終わった。料理は野菜不足が心配なので「清炒芥菜」(芥子菜をあっさり炒めたもの)と、他に「麻香素鶏豆腐」(湯葉を鶏肉に似せて加工したものに旨辛ソースをからめたもの)と当店名物「灌湯包」(小籠包に似たもの)の計三品を注文。すべておいしく大満足だ。翌日は哈爾浜に戻り旅も終わる。機会があればまたこの店に来たいと思っている。ごちそうさまでした・・・😊


雨ざらしのネット配線箱にビックリ!  真不同から旧日本人住宅があるエリアに行く途中、ある光景をみてびっくりした。それはそのエリアで使われているインターネット用の配線箱だと思うが、なぜか扉が無く、中にある多数の回線が丸見えになっているのだ。雪や雨、夏の強い日差しに晒されても悪い影響はないのだろうか。他人事ながら心配になった・・・。


古い住宅街を歩く  旅行ガイド『地球の歩き方・大連 瀋陽 ハルビン2019-2020年版』の長春地図には「旧満州時代の日本人住宅が残っている」というエリアが二か所示されている。その一つは東三条街と呉淞路の交差点南東部。そこはホテルからは徒歩10分ほど、真不同からも遠くないので食後に徒歩で向かった。到着してそのエリアを見たが特に古い住宅は確認できなかった。そこで呉淞路を渡り東三条街を北上するとすぐに古い住宅が比較的多く存在しているエリアを確認できた。それらの建物が当時の日本人住宅であるかは不明だ。しかしまぁ隣接地域として多少何らかの関係はあったと想像できる。そこには今でも人が住んでいる建物と明らかに廃墟と分かるものが混在している。多くはかなり老朽化が進んでいる。また近々解体する予定なのか高い柵で囲まれている物件や、既に更地になっている土地も多くあった。不審者のようにキョロキョロしながら歩いていると、見たことのない珍しい形の電柱があったりして面白く感じた。このような倒壊しそうな古建物は市内各地に多く見られる。重要な物件は地元政府によって修築保存されるのだろうが、その他多数はやがて解体され跡地には新たにアパートやマンションが建てられるのであろう。今回見た古い住宅も次に来た時にはもう無くなっている可能性が高い。寂しい気もするが、それが時代の流れというものか・・・


【十日目】最終日  哈爾浜行きの列車は長春駅14:46発、ホテルチェックアウト後もまだ時間があったのでホテルの前にある「勝利公園」を散歩した。先日の南湖公園に続きこの日も公園をぶらつくことになる。この公園にも湖があり、やはりカリッと凍結している。スケートで遊ぶ人たちもいて、その辺りの湖面の氷にはエッジによって削られた傷が多数残っている。それが自然の亀裂と相まって抽象画のような独特の絵画が氷上に描きだされ、さらに日の光でキラキラ輝き何とも妙である。人と自然の共同芸術作品といったところか。うつくしく魅力的に感じ、しばらく眺めていた。


公園を出て駅に向かう。長春到着時にも同じ通りで撮影したが、今回は反対側の歩道から写した。


長春駅に近づいたエリアに古い住宅地の廃墟があった。その周囲には新しいアパートが多く建てられているところを見ると、古い住宅地の住民はアパートに移転したのであろう。廃墟の建物は老朽化し、周囲は雑草や廃棄物でひどい状態だ。ただ当時の平屋住宅には現在のアパートにはない暖かみや味のある雰囲気が存在していたのではないかと想像する。そこで多くの人々が暮らし、家々からは暖房や炊事の煙が上がり、辺りには料理の匂いが漂い、子供たちの遊び声も響いていたことであろう。やはり住宅の廃墟を見てかつて生活していた様子を色々想像すると非常に寂しさを感じる。


長春駅を出発、列車に乗り込む。高速鉄道の車両は快適である。二等席で多少狭く感じるが、まぁ約1.5時間の移動なら問題ない。外の白い農村の景色を眺めながら今回の旅での出来事を思い出している。そのうちに哈爾浜駅に到着、地下鉄で自宅最寄り駅に移動、地上に出て見慣れた街の風景に心がホッとする。何とか無事に帰ってきたのだ。

哈爾浜駅
自宅近くの街の風景

今回はだいぶ疲れたが、とても充実した旅であった。吉林市のホテルの部屋から見たきれいな夕日を思い出す。また行く日まで、さようなら・・・

10日間の吉林・長春・農安(4)2023.02.04

 

同徳殿内の「叩拝室」 皇帝に朝見する際に使われる部屋
同徳殿内の「便見室」 叩拝室で朝見した後に皇帝と相談する部屋


【七日目】偽満皇宮博物院  満州国皇帝だった溥儀の宮殿(満洲国皇宮)跡を訪れた。広大な敷地内には大小多数の建物やプール、防空壕等の各種設備、庭園、遺跡等が存在している。途中早足で過ぎた場所もあるが、私の場合すべて見終わるのに約3時間を要した。結果足が棒になって痛くなり、元々「真不同」まで歩いて行く予定だったが根負けしてバスに乗った。 さて興味深い展示物はたくさんあったが今回はその中から特に印象に残ったものを紹介する。


破壊された神社の跡  庭園に隣接した場所に当時「建国神廟」が建てられ「天照大神」が祀られていた。今はその残骸が残っている。鳥居も本体はないが丸い礎石が二つ残っている。石碑もいくつか放置されていて、それらの文字は鮮明で生々しさを感じるほどだ。敷地南東側の塀には鳥居型の門が残っている。日本人としては複雑な気持ちになる場所である。


同徳殿  部屋の数も多く内装も豪華で見ごたえのある宮殿である。設計が日本人ということが影響したのか「和室」もあった。二階の一室では同徳殿の屋根に飾られていた鬼瓦が展示されていた。その大きさにも感心したが普段見慣れないデザインが特に印象に残っている。


緝煕楼  この建物には溥儀の生活空間があり、書斎や寝室、佛堂、浴室、トイレ、理容室などが見学できる。皇帝ともなると散歩ついでに街の床屋に行ってくるというわけにはいかないのだ。理容室には立派な専用の椅子がある。彼が当時ここに座っていた様子が目に浮かぶようである。


勤民楼  この建物内には溥儀が三度目の即位式を行った部屋がある。かつて清の皇帝として即位式を行なった紫禁城の「太和殿」の規模に比べるとかなり見劣りするが、本人はどのように感じていたのだろうか。いつか紫禁城に行く機会を得て再び玉座に座れば気も晴れるだろうくらいに考えていたのか・・・。


その他、懐遠楼という建物には満州国と溥儀に関連する多くの物品が展示されていたが、特に溥儀の辮髪と眼鏡が印象に残っている。常に身に着けていたものも時代が過ぎれば大衆への展示物に変化する。ただこうなることは彼も予想していなかったであろう・・・。


真不同で夕食  ここでの食事は前日に続き二回目、その時の印象がとても良かったのだ。まず酒は先日同様「純糧老焼酎52°」を注文、空きっ腹に一口ゴクッと飲み込むと五臓六腑にしみわたり歩き疲れた体に精気が戻る。料理は「鍋包肉」(豚肉唐揚の甘酢ソースがけ)と「肉絲扒全茄」(ナス煮込みに豚肉細切り炒めをかけたもの)の二品を注文、どちらも好みの味で大満足だ。旅も残り三日、元気な状態で帰宅できるように栄養をしっかりとるのだ・・・


【八日目】農安遼塔  「直抵黄龍府、与諸君痛飲爾!」(黄龍府を直に撃破し、諸君と痛飲するのみ!)。これは宋の将軍・岳飛が金との戦いに際して部下に言った言葉である。ここにある「黄龍府」(金の都)は現在の吉林省農安県にあった。ネットで調べると現在農安には「遼代の古塔」が残っているという。画像を見ると大きく立派でシルエットも大変きれいなレンガ造りの塔である。長春からは列車で約30分と遠くないので滞在中に日帰りで塔を見に行くことにした。ただ古塔以外には特に観光スポットはなさそうだ。つまり古塔だけが目的の気楽な小旅行である。

農安駅に到着。ここから古塔までは徒歩約30分。

古塔へ行く途中、お腹が空いたのでラーメン店に入った。前回の中国滞在中は蘭州ラーメンをよく食べていたが、今回は去年10月末に中国に来て以来初である。久々においしく味わった。ちなみに値段は一杯9元であった。


道を歩いていると突如眼前に塔が現われた。想像していた通り立派な塔である。周囲を歩き回り見る位置を変えながらしばらく眺めていた。説明によると遼の第六代皇帝・聖宗の時代(983~1030)の建立で、八角十三層のレンガ造り、高さ44m。かつて塔十層目の内部に小部屋が見つかり、そこから銅製の仏像と菩薩像、木製の骨箱、磁器製の香盒、仏像が陰刻された銀牌等の貴重な文物が発見されたという。遠くから眺めても存在感のある素晴らしい塔で、もし時間的余裕があれば、この塔を見るだけも農安に来る価値はあると感じる。


古塔と別れ、農安駅から列車に乗って長春に戻る。着くころには日が暮れ、多くの建物のライトアップで街全体が明るく見える。ホテルの部屋で吉林の烈性酒「洮児河」をひとしきり飲んでこの日も終了した。